貝が宿す神秘の美。「螺鈿」の工程と魅力を体験レポート・1
エッセイスト 湧月りろ
山中油店の向かいにある伝統的な京町家「粲宙庵(さんちゅうあん)」にて、2025年9月1日~13日に開催された「第6回 下出蒔絵司所展-螺鈿-」。
常設展示されている伝統工芸士・下出祐太郎先生の重厚な蒔絵作品が並ぶ中、虹色にきらめく大きな貝のなんとも言えない色合いが目に飛び込んできた。
工芸品としての螺鈿細工は我が家のお仏壇や家具、とっておきの漆器などでも日常的に親しんできたし、博物館や美術館で目を見張るような美しい作品に見惚れることも多々あった。
けれども完成品になる前の工程はいまだ一度も見たことがなかったので、虹色の貝殻を目にして俄然、興味をそそられた。
螺鈿細工に使用される貝が展示されている。
なんとこの展覧会では、螺鈿細工の簡単なワークショップも開催されるとのこと。
蒔絵師であり伝統工芸士の下出先生と、工芸の研究家である成田智恵子先生がコラボしたワークショップだ。
こんな素晴らしい機会を逃してなるものかと、意気揚々と申し込み、9月13日に参加してきた。
さっそくその様子をレポートしたい。
期間中の土曜日に1日2回ずつ、計4回実施された「螺鈿体験!」。
今回の展示では、作品になる前の貝の状態を段階ごとに見ることができた。
なんといっても目を引くのは、迫力ある大きな巻貝が、まるで巨大な真珠のように輝いている姿だ。
なんと、これこそが貝の表面を削り落として出現した“真珠層”と呼ばれる、いわば貝殻の中身なのである。
見慣れた貝殻が、これほどまでに魅惑的な美しさを内包していたなんて。
思わずうっとり見つめてしまった。
この類まれなる自然の美を、漆を使って工芸品に昇華させる螺鈿。
その歴史は深く、さかのぼれば紀元前に端を発する。そして奈良時代にはすでに日本に伝わり、正倉院の宝物にも螺鈿細工の工芸品が見られる。
平安時代には蒔絵と併用するなどして、京都ならではの独特の工芸技術としても発展を遂げてきた。
今まで貝の裏側としか認識していなかった真珠色の層。
こうして表面に現れた姿を見ると、この美しさこそが本体だったのかと感じる。
下出先生による螺鈿細工の歴史や工程についてのお話し、粲宙庵に常設展示されている螺鈿の技法を併用した蒔絵の大作についてのお話しなどを拝聴したあと、成田先生による貝の説明が始まる。
例えば、サザエのようなゴツゴツした巻貝。
私たちが普段から目にするものより何倍も大きいが、成田先生はこの貝を鍋に入れ、湯で何時間もかけて煮込んで表面をやわらかくし、ハンマーで叩くなどして内部の真珠層を露出させるのだという。
たくさん作成する場合はグラインダーなどの機械で削られることも多いようだが、人の手によって作業する場合は、こうして煮込むこともあるそう。
火を入れる加減も難しく、煮込み足りないと殻を取り切れないし、煮すぎると本体に穴が開いてしまったり崩れてしまうことも。
ちょうどいい具合にうまく真珠層を露出させられた貝はかなり薄くなり、光に向けると透けるような状態だ。
内側からスマホの光で照らすと、その薄さがわかる。
これだけで飾っておきたいような美しさだが、ここからさらに真珠層を薄く削り出す。
極限の薄さまで削り、まるで紙のような状態になったものが「薄貝」と呼ばれる螺鈿の材料となるのだ。
ちなみに、厚く削ったものは「厚貝」と呼び、仕上がりにはそれぞれの特徴がある。
それらを使い分け、どのように表現するのか。そこも匠の技だ。
今回の展示では、元の貝、真珠層を露出させた状態の貝、薄貝、そして薄貝の裏に黒い色を塗って発色させたものをそれぞれ見ることができ、参加者の皆さんも「へぇ!こんな色になるのか」と興味津々で違いを確かめていた。
極薄に削った「薄貝」。裏に黒色を塗るとこのように発色する。なんとも神秘的な色だ。
次はいよいよ螺鈿細工の体験!
「貝が宿す神秘の美。「螺鈿」の工程と魅力を体験レポート・2」に続く。
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